ハニーハニー
洗面台の鏡にうつりこむ自分の唇の右はじにかさぶた。ほほにも跡が残っている。
昼間、ティナはフリオニールに頼んで弓を教えてもらっていた。魔法ではない遠距離攻撃の手段があればいいだろうと考えてのことで、フリオニールは少々渋ったものの教えてくれたのだが。
何度か射るうちに、弦がティナの顔をはじいていったのだ。
結局、それを最後に練習は終わり、なんとはなしに気まずいまま夜を迎えてしまった。
(でも、もっと教えてくれたっていいのに)
どうもフリオニールは、自分に遠慮しがちだ。たしかに体力や腕力は劣るけれど、戦士であるのに。
(なんだろう、さみしいな)
役に立たないと言われてしまったような気がする。
ため息をついて、ざっくりと髪をまとめ脱衣所から出る。
ふわ、と甘い香りがただよってきた。
夕食はとっくにすみ、誰もが眠りへの準備を始めているというのにどうしたことだろう。夜食でも作っているのだろうか。
香りに導かれるように源にむかう。
(あれ)
コンロに向かっていたのはフリオニールだ。片手なべで何かを煮ている。
少し迷ったが、話しかけてみることにした。一緒に暮らしているのだし背中を預ける仲間だから、いつまでもわだかまりがあってもだめだ。
「フリオニール」
声をかけると、わかりやすく肩がはねた。
「なにしてるの?」
「……ハニークリーム作り」
「はちみつのクリーム…お菓子?」
「いや、蜜蝋」
煮込んでいると見えた片手なべの中には真鍮のコップが湯につかっていて、油のようなものがゆらりと光をはねかえしていた。
「みつろう」
「ミツバチの巣から採れるロウのことさ。高く売れるし、こうやって蜂蜜とナッツオイルをまぜて手や唇に塗るクリームにすることもあるんだ。ほら、この間バッツがはちみつを取ってきてくれただろ」
「うん」
「あの時にわけてもらったんだ」
「ふうん…フリオニールってなんでもできるのね」
「いや、そうでもないさ。たまたま覚えてたんだ。……でもこれ、いますぐ使えないな」
そう言って彼が手を伸ばしたのは、蜂蜜がはいったビン。
「蜂蜜だけでもいいらしいから、唇に塗ってくれ、しみるかもしれないけど」
(あ)
彼はまだ気にしているのだ。自分が弓の扱いを間違えただけなのに。
胸がしくしくする。
うつむいたティナにフリオニールは訝しげに声をかけた。
「ティナ?」
「……ううん、なんでもない。大丈夫。迷惑かけてごめんね」
「迷惑だなんて、そんなことないよ」
「無理言ったから教えてくれたのに」
「だから、そんなことないって。それにティナが弓に興味持ってくれてうれしかったし」
てれをにじませた声色に、ティナは顔をあげた。
「ちょっと急いて教えすぎたなと思って。謝るのはこっちのほうなんだ、ごめん」
「フリオニール…」
「もしよかったら、またやってみないか?」
「……うん」
「よかった。今日のことで嫌いになったらどうしようかと思ってたんだ」
「ううん。ねえ、がんばるから、よろしくね!」
「ああ」
やわらかな彼の笑顔を見て、ティナの胸は痛むのをやめた。
後日ハニークリームはかわいらしい容器に入ってティナのもとにやってきて、活躍してくれた。
初出はブログ。推敲済みです。
落ち込むティナとはげますフリオという図が好きすぎて繰り返し書いてしまう。
ちなみに作中のクリームで使用するオイルはホホバオイルがいいらしいです。あとはちみつじゃなくて精油いれたり。田舎っ子のフリオなら作り方知ってそうだなと思って。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
10・02・27 翔竜翼飛
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